ハルモニら自分史作り 北九州市の自主夜間中学 「生の証し」残す作業


北九州市八幡西区の自主夜間中学「青春学校」が、自分史作りに取り組んでいる。義務教育を修められなかった在日コリアンのハルモニ(おばあさん)らが、識字学習の成果として人生の記録を残す試みだ。歴史に埋もれがちの激動の個人史。これらを掘り下げる作業は、執筆支援のボランティアに「戦後」を深く意識させる経験にもなっている。 (北九州西支局・吉村真一)


●原稿と向き合って


金命祚(キムミョンジョ)さん(74)=同市小倉北区=は1940年、祖母や母親ら家族4人で釜山から下関へ渡航した。当時7歳。半年前に強制連行されていた父親とともに、筑豊の炭鉱住宅の六畳一間で暮らした。


家の手伝いに追われ、小学校に通ったのは終戦間際の1年ほど。戦後すぐ「差別によるいじめ」に遭い、通学をやめた。結婚後、水巻町に移住。内職をこなし、「字が書けなくてもいい仕事」にいくつも就き、働きづめの日々を送ってきた。


金さんはこうした半生を昨年、400字詰めの原稿用紙8枚につづった。ボランティアの大学生から所々、漢字を教わり、書き上げた。


現在の平穏な生活に感謝しているという金さん。「書きながら、忘れていたことをいろいろと思い出した。文章にしたのはほんの一部だが、生きてきた証しが残せたと思う」と振り返る。


●体系的にまとめる


青春学校は、戦中・戦後の混乱や経済苦などにより小・中学校で十分に学べなかった人に、日本語の読み書きを中心に教えている。ボランティアスタッフによる自主運営で開設14年目。自分史作りは、民間の基金の援助を受けて一昨年に開始した。学習者はスタッフから生活史の聞き取りを受けた後、執筆する。


「過酷な状況の下で懸命に生き抜いてきた人たちの生活史を後世に残すのは、私たちの責務」。青春学校世話人代表の稲月正・北九州市立大教授(46)は、プロジェクトの意義を語る。


学習者の半生については折に触れて耳にしてきたが、高齢者が多く、さらに亡くなる人が相次いでいることもあり、体系的にまとめることにしたという。


●戦争の悲惨を知る


これまでに、自分史を記録した学習者は、日本人の高齢者を含め6人。それぞれが、父親の強制連行や徴用に伴う渡航、読み書きができず辛酸をなめた生活、文字を覚えた喜び‐などを飾らない文体でつづっている。


「人生を振り返ることで、さまざまな出来事が歴史とつながっていることを意識できる。自己肯定の感情をもてるのでは」と稲月さん。


一方、執筆の手助けを通し、大学生が多くを占めるスタッフも深い影響を受けている。


九大大学院生の添田祥史さん(28)は、4年来、マンツーマンで読み書きを教えている日本人女性(82)=同市小倉南区=の支援に当たった。半年がかりの作業は、戦中・戦後の窮乏生活を知り、困難な時代を乗り越えてきた人間の強さを感じる経験になったという。「(この女性の)全体像に触れることができ、親近感が増した」と話す。


異国の地で生きてきたハルモニからの聞き取りは、ボランティアスタッフが、戦争の悲惨さや傷跡を感じ取る機会ともなっている。自分史プロジェクトが生んだ財産といえる。


=2007/05/20付 西日本新聞朝刊=
2007年05月20日12時01分

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/local/fukuoka/20070520/20070520_016.shtml